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京大和のすぐ後ろにある、こんもりとした山が東山三十六峰の二十七番目に当たる山です。 東山三十六峰の第一峰は比叡山で、第三十六峰が、伏見稲荷のある稲荷山です。 この山は、霊山(りょうぜん)と言って、昔インドでお釈迦様が法華経の説法をされた霊鷲山(りょうじゅせん)に形が似ているためつけられました。


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凛としたたたずまいの山門は、風光明媚な庭園への入口。 緑溢れる四季の風情は、そこからも感じられます。 神社仏閣とお間違いになる方も多い、荘厳な雰囲気を醸し出します。 |
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明治維新直前の文久三年に、勤皇派の方々が秘密の会合をする場所として、建物内の二つの部屋を西本願寺のご門主が提供されました。 こちらの送陽亭が、その一つです。 |
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開かれた障子の間には、「八坂の塔」がぴったりと納まるように設計されていて、京都の絵葉書にもなっています。
その名のとおり、日の沈む頃の風情は特に素晴らしく、映画の撮影などにも、度々使われました。現在は、保護建造物に指定されています。 |
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集まった方々は、桂小五郎、武市半平太、久坂玄端、井上馨、真木泉守で、主に長州と土佐を中心とした藩の主だった方々です。 (参加者の写真を室内に飾っています) |
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美観地区に指定されているため、高さ制限のある東山において、「八坂の五重塔」と、京都市内を一望できるロケーションは、大変希少です。 京都の中でも、最も京都らしい風景といわれています。 |
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そのため、五重塔を背景にする、この場所を映画などの撮影にご利用いただくことも多く、スピルバーグ監督の「SAYURI」でも、こちらからの風景が使われました。
ここからご覧いただける夜景のご紹介 |
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西本願寺の家紋が「下がり藤」なので、歴代のご門主が敷地内の4箇所に、藤を植えられました。 特に、翠紅館広間から見える藤棚は、樹齢150年の古木です。 春先には、大変見事な花をつけるため、見頃となる五月の連休には、毎年「園遊会」を催して、みなさまにお楽しみいただいています。 |
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| 中庭から、日本庭園の中、緩い砂利の階段を昇ると料亭の玄関が現れます。 |
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| 階段をお上がりいただかずご利用いただける桂の間というお部屋もござます。 |
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豊臣秀吉公が正法寺に来訪の折、「翠紅館」に立ち寄り会食された様子があり、その折にこの部屋を新築したと残っています。 以後、事あるごとに翠紅館を利用されて、当時の俳人、能因法師、西行などが歌を詠んでいたことが「花洛名勝図絵」(からくめいしょうずえ)に残っています。 |
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紅葉の間は、中庭に面した唯一のお部屋で、池の上に張り出して作られています。 中庭全体は、「紅葉谷」と言い、夜、池に紅葉の枝が映る景色は、深い谷を見ているように感じられます。 池には、「透月の池」という名が付いており、二方向に大きく開かれた窓からは、目にも鮮やかな樹木の緑を贅沢に楽しんでいただけます。 床の間は檜の一枚板となっており、現在ではなかなか手に入らない品です。 床柱は、桜の木で、美しい木肌がご覧になれます。違い棚は、「醍醐寺三宝院」と同じもので、壁と違い棚の間に空間があるのが特徴です。床の間の天井は「真、行、草」の形に複雑に入り組んでいます。 こちらのお部屋の扁額は、東山黙雷(ひがしやまもくらい)の書となっております。 「徳潤身」(とくは、みをうるおす)と書いてあり、他人に善行を行えば、それは回りまわって自分の身にも返ってくるという意味だそうです。
東山黙雷は、西本願寺の執行をなさっていた徳の高いお坊様で、明治維新政府が進めた「廃仏稀釈政策」や「神道国教化政策」に敢然と立ち向かった浄土真宗の立役者でした。 長州の出身で、要人、伊藤博文や木戸孝允らと親しくしており、政府の岩倉使節団に続き、西本願寺が派遣した欧州視察団員としてイギリスやドイツなどを訪問し、現地で木戸孝允らと度々会談して、親交を深めていたそうです。 |
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正式には、「不白庵」(ふはくあん)という名前のお茶席で、四畳半に二畳の次の間がついており、奥の茶席への露地庭を正面にした、落ち着いた雰囲気のお部屋です。 「紅葉の間」と「葵の間」の間に位置し、1月には初釜によく利用されます。
お庭に面して明るいため、2〜3名様のお昼のお食事のお部屋としても、人気がございます。 |
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今から十五年ほど前に、客席の一つとして建造された比較的新しいお席です。 お茶席への露地、借景に東山と庭の風情が楽しめる人気のあるお席です。 |
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館の一番奥の二階にあり、二十名様までご利用いただけます。 二方向が、大きな窓に面しており、紅葉が間近に植えられているため、春と秋は特に見事です。 |
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この池のある中庭全体は、「紅葉谷」と言います。 池は、「透月の池」という名が付いており、慶長年間、東光寺時代に作られたものと思われる、「翠紅館名所十三影」の中に、「透月の池、水面に映りし月影に赴きあり」との記載が残されています。
夜、池に紅葉の枝が映る景色は、本当に深い谷を見ているように感じらます。 写真のとおり、秋には、見事な紅葉が見られます。
この池の上に張り出して作られているのが、紅葉の間です。
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