京都の懐石|老舗料亭 京大和
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京都で懐石を提供するまでの歴史|老舗料亭 京大和

 
翠紅館
現在の京大和がある地に記録上最初に登場した建築物は、桓武天皇の延暦元年(782年)ごろに建立された東光寺。慶長年間(1596-1614年)には、豊臣秀吉もここで食事をしたと言われています。

そして、天保年間(1830-1843年)の前後に、公家の鷲尾中納言がこの土地を購入し、建物を改築して「翠紅館」と命名、居住し、その後、西本願寺に寄進しました。それ以後しばらくは西本願寺の別邸として大切な御客様の接待用に利用されていたそうです。

黒船の来襲により、国内に「攘夷」の嵐が吹き荒れた幕末、翠紅館は、三条実美、桂小五郎、坂本龍馬ら志士たちの会合の場所となりました。写真右上の「翠紅館」の扁額は、三条実美の直筆です。

文久三年一月二十七日、土佐藩武市半平太、長州藩井上聞多、久坂玄瑞ら多数が集まり、さらに六月十七日には長州藩桂小五郎、久留米藩真木和泉守ら各藩の代表者が集まり、攘夷や討幕などの具体的方策を検討いたしました。これが世に言う「翠紅館会議」です。


上:送陽亭から眺める夕日
下:三条實美による「翠紅館」の書
京大和
京大和を経営する大和屋のオーナー一族、阪口家はもともと、奈良・大和地方の大豪農でした。「大阪冬の陣」の際には徳川家康公が訪れ、あまりの門構えの大きさに感心し、乗馬のまま家の門をくぐり、馬の鞍を頂戴したといわれています。

その後、堺、大阪で「八百竹」の名で八百屋を開店。明治十年に、初代、阪口うしが「大和屋」を開業しました。三代目当主、祐三郎が事業を拡大しましたが商売繁盛の勢いで相場をはり大失敗。さらに太平洋戦争で全てを焼失してしまいました。裸一貫で出直し昭和二十一年に大和屋を再開、二十四年に「京大和」を開業いたしました。
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